今回の用語:損失回避傾向
損失回避傾向とは何か
損失回避傾向を端的に言えば、損失を被る精神的苦痛を避けようとする度合いのことです。
「そんなの誰にでもあるじゃん」とお思いかも知れませんね。
そう、程度の差はあれ誰もが抱える本能的な判断傾向なのです。
損失回避傾向がある事が問題なわけではありません。
損失回避傾向があまりに強いと、イヤな思いをしたくない一心でかえって非合理的な判断をしてしまいがちな事が問題なのです。
投資における「感情リスク」はほとんどがこの損失回避傾向によって引き起こされます。
理屈のうえでは「損失によるイヤな思い」と「期待できるリターン」を同等に評価しなければなりません。
しかし人の心理では前者「損失によるイヤな思い」を数倍に膨らませてしまうため両者が釣り合わなくなってしまうのです。
非合理的な判断なんて言われても概念だけでは分かりにくいでしょうから、損失回避行動の一例を挙げてみましょう。
損失回避傾向が強いばかりに合理的な判断ができなくなる例
子供のころ予防接種の注射がイヤでイヤで泣きわめいて拒絶していた子、いませんでしたか?
いませんでしたかっていうか、私だよ!
このケースの損失回避について考えてみましょう。
その子、いや愚者小路少年は「注射の痛み」という苦痛を過大評価して、どうにか回避しようとダダこねています。
しかし本当に回避してしまったら「予防接種により深刻な感染症を予防できる」という大きなリターンが得られなくなってしまいます。
大人目線で考えれば、
苦痛<リターン
の関係が分かるのでしょうが、損失回避傾向の強すぎる愚者小路少年には分かりません。
愚者小路少年の愚行こそが前述の「非合理的な判断」なのです。
物の分からない子供の世界だけでなく、投資の世界でも損失回避傾向に突き動かされ非合理的な判断を下してしまうケースが後を絶ちません。
人間、子供も大人も関係なく基本は感情的な生き物であることの証左と言えるかも知れませんね。
投資するうえで損失回避傾向が強いとどうなるの?
ここから投資と損失回避傾向との関係について解説します。
同じリスクを目にしても、損失回避傾向の強さによって取られるアクションはまるで違ってきます。
その例を挙げるため、「3匹の子豚」をモチーフにした小話を作ってみました。
【童話】3匹の子ブタ、資産形成に挑む
時は西暦2000年、あるところに3匹の子ブタの兄弟が暮らしていました。
仲の良い3匹が成年したある日、お母さんブタは3匹それぞれにまとまったお金を手渡し、こう言いました。
お母さんブタ:
私の可愛い子供たち、よくお聞き。
あなたたちはもう一人前の大人だから、自分の老後資金は自分で貯めなければいけないわ。
手渡したお金は資産形成の軍資金にお使いなさい。お母さんからの餞別よ。
もし運用に困ったら米国株式市場の平均、S&P500の連動ファンドでも買っておきなさい。
20年ぐらいの長期で保有していれば概ね年5%前後のリターンは期待できるから、それだけでも十分な資産を築けるはずよ。
でも注意なさい。
株式市場は短期的では不規則にアップダウンするから、大きく元本割れしてしまう可能性もあるわ。
そのアップダウンがあってもなお、平均で年5%よ。
今が2000年だから20年保有する頃には2020年、あなたたちもオジサンになってるわね、ふふ。
損失回避傾向がすごく強い人は投資と向かい合わない
長男ブタ:
「ヘタすると元本割れしちゃうものにお金を投じるなんて、そんなのギャンブルじゃないか!
余計な欲かいてないで、堅実に貯金が一番だよ。」
損失回避傾向がすごく強い長男ブタはわずかでも元本割れを起こしてしまうことを強く拒絶して、お金を全て貯金しました。
20年間貯金しても利息は微々たるもので、結局ほとんど増えませんでした。
確かに元本割れは起こりませんでしたが、結果として長男ブタは収益機会を逸してしまいました。
機会損失よりも、目の前で起こるリアルな損失(元本割れ)を過大評価してしまった結果とも言えます。
長男ブタのようなタイプの人は決して少なくありません。
- 投資は危ないよ。
- 投資はお金を失うよ。
- 楽してお金稼ごうなんて卑しいよ。
- 額に汗して稼いだお金こそ、ホントのお金だよ。
- だから預貯金がいちばんだよ。
もっともらしい「ロジックの衣」をまとった主張も、もしかしたら損失回避傾向の強さがそう言わせているだけかも知れません。
損失回避傾向がやや強い人は長期投資に耐えられない
次男ブタ:
「年5%のリターンが期待できるってお母さんが言ってたな。
ってことは20年寝かせておけば・・・(電卓はじきながら)へへへ、こりゃチョロいわ。」
損失回避傾向のやや強い次男ブタはS&P500に連動するインデックスファンドを購入しました。
リターンばかりを皮算用しているのが少しばかり心配です。
西暦2000年に購入してから最初の1年が経ったころ、ITバブルが弾けました。
それまで多少の元本割れにも目をつぶってきた次男ブタも今回ばかりは大慌て。
含み損が膨らみ続けることがこれほどまでの苦痛とは思ってもいませんでした。
売ろうか、それとも塩漬けにして値が戻るのを待つか・・・
もはや年5%のリターンの話など吹き飛んで「どう逃げようか」しか考えられなくなっている事に次男ブタ自身は気付いていません。
結局2001年9月のアメリカ同時多発テロの直後に、次男ブタは心が折れて売却してしまいました。
それからというもの、次男ブタは大きく下落することを嫌って長期保有から短期売買へスタンスを切り替えました。
少しでも含み益が出たら即売却です。
せっかくの含み益が減ることも、含み損に転じることも許容したくなかったからです。
こうして次男ブタはゼロサム的に微勝ち微負けを繰り返した結果、20年経っても収支トントンでした。
損失回避傾向は含み損の時だけに発生するものではなく、含み益が減る局面にも発生しうるものなのです。
損失回避傾向が弱くないと長期投資は続けられない
「S&P500の過去データからすると、大きく変動した時これぐらいの損失が一時的に発生しうるのか。
リスクに見合ったリターンだと思うから、どうにか保有を続けてみよう。」
損失回避傾向の弱い三男ブタもS&P500に連動するインデックスファンドを購入しました。
ここまでは次男ブタと一緒ですが、初めから損失のことばかり考えて、ずいぶん後ろ向きですね。
ここから先の三男ブタはあまり面白くありません。
ただずっと、保有していただけです。
暴騰しても暴落しても、何もしません。
ITバブルが弾け切った頃、三男ブタは次男ブタにバカにされました。
次男ブタ「おいおい、いつまで未練がましく塩漬けしてるんだよ。僕はとっくに損切りしちゃったぞ。」
リーマンショックが起きた頃、三男ブタは長男ブタにバカにされました。
長男ブタ「な?楽して金儲けしようなんて考えるからこんな目に遭うんだよ。あーあ、大事なお金こんなに減らしちゃって」
それでも三男は保有をやめません。
暴落も、それに乗じて近視眼的にマウンティングしてくる兄達の存在も初めから織り込んでいたかのように。
時は流れて2020年、幾多の下落暴落を乗り越え、三男ブタの資産は元本の約2.5倍になっていました。
年平均5%は若干下回ったものの、十分すぎる結果だとばかりに三男ブタはニコニコしていました。
(三男ブタだけ)めでたしめでたし。
さいごに:損失回避傾向を弱くするにはどうしたらいいの?
ちょっと趣向を変えて「三匹の子ブタ」になぞらえて損失回避傾向を解説してみました。
三男ブタだけが長期保有に成功した理由は何でしょうか?
ひとえに損失のスケールをあらかじめイメージすることができていたからでしょう。
だからこそ暴落の憂き目にあっても冷静さを保っていられたのです。
損失回避傾向が生まれながらに弱い人などいません。
人に「恐怖」と「苦痛」のメカニズムが実装されている以上、基本的に皆デフォルトで損失回避傾向が強いのです。
あくまで私の見解ではありますが、損失回避傾向を弱めるには
- 人の心理的な弱さを認識し、現実を受け入れる
- 受け入れたうえで、投資の何に「恐怖」「苦痛」を覚えるのかしっかり考える
あとは場数と時間が解決してくれることでしょう。
以上、損失回避傾向についての解説でした。
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