
今日の400字は「お金って何だろう論」について。
資産形成していく中で誰しも一度はこの「そもそも論」に行き着くものでしょう。
人によって着地点が異なるので、他者の持論を拝見するのも興味深いところがあります。
今回は私の着地点を語れればと。
結局どちらも「運ぶチカラ」に過ぎない

超ざっくり血液の役割は酸素と栄養を運ぶ事にある。
体の隅々まで酸素と栄養を運ぶ血液があるから私たちは生きていられる。
しかし酸素と栄養が欠乏していたら?
いくら血液があっても意味をなさない。
運ぶものがあってこその血液なのだ。
転じてお金。
お金の役割もまたモノとサービスを運ぶ事にある。
社会の隅々までモノとサービスを運ぶお金があるから社会は回る。
しかしモノとサービスが欠乏していたら?
いくらお金があっても意味をなさない。
運ぶものがあってこそのお金なのだ。
我々投資家は将来的に十分な資産を形成する事に意識を向けがちだ。
私だって「長期で十分なリターンが得られたらいいな」と期待しながら投資している。
しかしもう一つ期待しなければならない暗黙の前提がある。
その「将来」の社会に十分なモノとサービスがなければならないのだ。

お金にはチカラがあるが、単独では発揮できない。
そう捉えれば資産形成も少し謙虚な姿勢で挑めるだろう。

【次回予告】さーて、次回の愚者小路さんは

愚者小路です。
投資の質問でよく見かける言い回しがあります。
「意味ありますか?」
少額投資に「意味ありますか?」、○歳からの投資に「意味ありますか?」とか。
意味がある/ないと二極の切り分けなんて出来やしないのに。
次回は「【Yahoo知恵袋より】60歳からの投資に意味はありますか?⇒意味ある/ないの二択じゃないだろう」です。

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